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笹山日記|十日町市教育委員会

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笹山日記

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人間の本質は観念
お昼過ぎに「音楽家」だというお客様が縄文館に。

東京からお仕事で来たとのことで、つまりは市内のどこかで演奏される(た)のだろうと思います。

整理室の土器をお見せして説明させていただきましたら、すごく興味を持っていただいたみたいで、お話ししているこっちも楽しくなりました。

土器は、もちろん道具だから使えるようになっているけれど、現代の僕らよりはずっと観念的。使い勝手はかなり犠牲になっています。

人間の本質は観念ですよね。と申し上げたら、「私もそう思います」と。

さすが音楽家さん。話が早くてよかったです。


その後、ほどなくして子ども3人連れの親子がご来館。

小学生と思われる一番上のお兄ちゃんがボソッと「一番古い時代は氷河時代」と。

おおー。

負けじと一番下の幼稚園生かもしれない弟が言いました、「俺も知っているよ、猿が人間になるんだ。」

おおおー。

よく知っているなあ・・・。おにいさんはちょっと感動しました。


調査員

(2019年07月22日)

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まだわからず
昨日の課題だった溝の跡。

今日探索の手を入れたら、それらしき部分が見えて来たものの、部分的でよくわかりませんでした。

たぶんもう少し先、方角でいうなら東の方なのかもしれないと思うものの、それだと調査区を囲うフェンスの向こうに及ぶかもしれず、掘ろうかどうか迷うところです。所詮は雨落溝だしな〜って、、、。

途中雨が止まないので、泥まみれになる前に早めに終了しました。

来週、測量して図面と照らし合わせてから考えてみようと思います。

阿部

(2019年07月19日)

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溝はどこだ
今日の午後、中世面の遺構の表面があらかた出ました。

笹山縄文館の下を発掘調査したときの報告書の図面と照らし合わせてみると、柱穴とみられる遺構の列が、縄文館の柱穴の列の延長線上にあるっぽいことがわかりました。これは7号建物跡っていいます。よかったよかった。

あれ?建物跡の横にある、溝跡の延長はどこ?

そう、縄文館の柱穴列に並行して存在する溝、たぶん雨落溝の痕跡の延長が、今の調査区の中に見えないのです。おかしいなあ、、、あっても良さげなのに。。

まさか掘り飛ばした?あはは、、、

と笑えない冗談を飛ばしつつ、少しだけ調査区を広げて探すことにしました。掘り飛ばしてないなら、調査区の外のわりと近いところにあるはずだからです。

さて、、、ちゃんと見つかるでしょうか。
次の日記を待て!

ちなみに今日の画像は、何かの殻。生き物の卵か何かの。初めてみたのに2つも見かけました。なんだろ?こっちも調査が必要みたいですが、検索したら一発で出て来ました。

クスサンという蛾のサナギの繭で、通称スカシダワラというそうです。ウィキペディア先生万歳。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/クスサン

調査員

(2019年07月18日)

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杭を打ち込みました
昨夜は豪雨でした。

今朝、現場がプールになってないか心配でしたが、来てみたら案外普通で、少し拍子抜けしました。

午後は測量屋さんが来てくれ、調査区を区分けするための目印になる杭を打ってくれました。あらかじめ決まった場所に5メートル間隔で打つのですが、なんせ狭い調査区なので、結局正規の杭は一本だけになり、あとは補助の杭でカバーすることに。

なんだかちょっと寂しい気持ちになりました。自分のことながら、まさか杭の数でテンションが左右されるものとは知りませんでした。

本日一番の発見です。

調査員

(2019年07月17日)

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新利器登場
三連休、結構雨が降りました。

調査区にたまった水は、さあどんすんべ、となります。

この狭い調査区に汲み上げポンプはないし、バケツリレーではきょうの作業員数では大変。

そうだ!雪を滑らす樋を使えばどうだろうか?

そんな提案があったので早速試してみたら、、

これいいね!

素早く捗ったようでした。よかったよかった。

今日の午前中は、博学連携プロジェクトの一環で、中条小学校さんが土器を焼きに笹山に来ました。皆さん無事に焼けました。火起こしもまあまあでしたし、こちらもめでたし、めでたし。

調査員





(2019年07月16日)

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お宝ってなんのこと
発掘をしているとよくこう訊かれます。

「お宝は出たかい」

こういうときは

「まだ出ないけど、もうすこしで徳川埋蔵金が出る予定です」

などと真顔で答えて会話を楽しむことにしています。


「お宝」ってなんのことだろう、と考えることがあります。実はいろんな見方があります。

例えば上の会話のような「お宝」は、ほとんどが優品主義の博物館目線、あるいは骨董趣味やいちじゅうひゃくせんまんえんの目線であって、考古学的目線からは部分的であり、文化財的には片手落ちになるような気がします。

考古学は、過去の出来事を明らかにすることを目的としていますから、「お宝」はアリバイ能力の優劣で決まります。だからたとえ金銀財宝が出てきても過去の事実との関連が全く分からなければ役にも立たないものとみなされるだろうと思います、たぶん(まったくわからないということはありませんが)。

文化財の価値は考古学をはじめとした歴史学的価値のほかに骨董的要素や審美的要素、それに現在の社会文化に照らしたときの重要性などが考慮されるので非常に複雑です。「なぜ国宝なんですか」と訊かれることがありますが、客観的に明確にお答えすることはちょっと難しい、とよく思います。

ただ、行政の発掘調査は文化財の(土木工事などによる)破壊を少しでも免れるようにするための救済であったり、考古学的に過去を明らかにするための行為であって、博物館や審美的な観点で「お宝」をみつけるということは目的に入っていません。文化財保護法のどこを読んでもそんなことは書いてありません。

発掘調査によって「お宝」を見つけたい、それはみんな同じですが、それぞれの感じている脈絡が違うということです。このあたりの掛け違いがあると大変なので、関係者は前もって相互に理解しておくようにしたいものです。

「お宝が・・・」などと言う人がいるとき、いったいどの脈絡でおっしゃるのか、目の奥をじーっと見て、確かめる必要があります。「徳川埋蔵金」は鉄板ネタとして、こん後もしばらくは使っていこうと思っています。


昭和生まれの調査員

(2019年07月13日)

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今度こそ中世
発掘2日目。

笹山遺跡では、表土の下にある黄色っぽい地層は中世の遺構が見える地層。

昨日、端っこに開けたトレンチの中で、その地層の上面を見つけました。地表から約40センチくらいの深さのところです。

しかも、狭いトレンチの中で「柱穴」らしき穴を3つ、見つけました。やっぱりなー、という感じです。「柱穴」(ちゅうけつ・はしらあな)というのは、柱の下端部を埋めていた穴のことで、礎石の上に柱をおくようになる前はみんなこんな風だったのです。掘立柱(ほったてばしら)といいます。

以前の調査報告を見ると、この辺りに柱穴があることは予測していたのですが、報告にある遺構の数が少なくて状態がよくわかっていませんでした。普通は、こういう柱穴またはそれらしきものがたくさん見つかるものなのに、少なすぎたのです。

でも今回の柱穴は狭いトレンチの中で3つですから、きっとこれからたくさん見つかることでしょう。

ただ、沢山あるという事は、色々なことが分かるようになる可能性を秘めていることを意味していますが、それだけ仕事量も多くなるという事です。ちゃんと決められた時間と人手で終えなければいけません。

楽しみのような、思いやられるような、ちょっと複雑な気分です。


調査員

(2019年07月12日)

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発掘はじめました
昨日、笹山遺跡の発掘を始めました。

笹山縄文館の南のせまーい範囲です。

最初の日は、表面の草を刈り、根が捕まえている表面の土を取り除くことから始めます。

この日は職場体験学習のために博物館に来ていた中学生も参加してくれました。結構力のいる大変な作業なのですが、一生懸命やってくれまして、感心しました。あとで聞いたらマメができたそうです。いい経験になったのではないでしょうか。お疲れ様でした。

まだ表土の段階ですが、鉄釉の陶器の破片がでました。破片が小さくて時期などわかりませんが、15世紀以降のものでしょう。遺物が少ないという以前の調査報告が念頭にあったので、とりあえず何かしら出ることがわかってよかった。

調査員

(2019年07月11日)

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駐車場あります。なお、間もなく、発掘開始です。
昨年発掘した場所。

陸上競技場へ向かう交差点の角ですが、砂利の駐車場になりました。

実は笹山じょうもん市の前に完成していました。

柵とかがないので、車輪が落ちないようにお気を付けください。


さて、今年度の発掘が間もなく始まります。もちろん、画像の駐車場とは別の場所。どこでしょうか?

発掘の様子は笹山日記に随時アップしていきますのでお楽しみに!


調査員

(2019年07月04日)

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第20回笹山じょうもん市
6月2日(日)に第20回笹山じょうもん市を開催しました(市は共催)。今年の来場者数はなんと、4,000人だったとかで、過去最高を記録しました。

文化財課は土器の展示、高精細レプリカの展示、笹山遺跡ミニツアー、それと、いおサポさんにお願いして、クイズスタンプラリーを行いました。ここも、簡単に報告。

 【文化財課主催】
 土器展示 180人
 高精細レプリカ展示 120人
 笹山遺跡ミニツアー 17人
 クイズスタンプラリー 143人
 
 【いおサポ主催】
 土偶消しゴム作り 115人

ラリーの人数は昨年(80人)から大幅アップしました。受付を縄文館3階から広場会場出入口に移動したのが功を奏したと思います。問題が簡単すぎたのか、全問正解者が続出し、そのための景品が途中でなくなってしまったとか。でもその分喜んでいただける人が多かったということでもあり、嬉しい限りです。

消しゴムは、無料というのもあって、相変わらず人気です。ただ、運営側としては別のこともしてみたいという部分もあり、悩ましいところ。次の開発が楽しみです。いおサポさんは、過去最高の入りにもかかわらず、スタッフ数が過去最低で大変だったようです。お疲れ様でした。

僕はこの日、縄文館3階とラリーの受付とレプリカ展示とを巡回しつつ、遺跡ミニツアーのガイドをするという超多忙な時間を過ごしましたが、天候に恵まれ(薄曇り!)、比較的体力の消耗を抑えつつ最後までこなすことが出来ました。よかったです。

講師の大渕さんと葦木さんとも少しお話し、パフォーマンスも観覧できました。継続的に来ていただいており、もはや笹山の空気を共に感じていただく仲間のような存在です。感謝です。前日に講演をしてくださった品川さんにもご参加いただきました。館の中とはひと味もふた味も違う、お祭り。どうお感じになったでしょうか。

実行委員会の方々はじめ、みなさんお疲れ様でした。

ちなみに、上の画像は開会式に先立つ「練り歩き」。最前列でウチワのせいで顔が隠れて見えないのは市長です。みんながウチワを振るものだから、10枚近く撮った写真は、いつもだれかの顔が隠れていて、ほかに良い写真がなかったんです。でもまさかゲスト先生のお顔が隠れた画像をここに載せるわけにもいかず、、、、、市長ごめんなさい。

調査員

(2019年06月04日)

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国宝指定20周年記念講演会
6月1日(土)に、越後妻有文化ホールで国宝指定20周年記念講演会を開催しました。
講師は東京国立博物館の品川さん。

国宝土偶展とか、昨年の縄文-一万年の美の鼓動展を担当された方です。

後者の展覧会には、十日町市の笹山遺跡から国宝・火焔型土器、同じく野首遺跡から火焔型土器など数点が出展されていましたから、その縁で。

お話の内容は多岐にわたりましたが、分かりやすい内容でした。

「美」の捉え方が現代と先史とでは全く違うこと、また先史時代の中でも中国、ヨーロッパ、西アジア、エジプトなどとは違うこと、さらに当の「縄文」においても美の観点が変遷したことが語られました。

分かりやすい構成でお話しくださったと思いましたし、実際そのような感想を何人かの方から聞くことが出来ました。品川さんに感謝です。

実は僕の大学の2学年上の先輩ということもあり、研究室や飲み会などで何度もお会いしていました。そんなわけで講演会の後、私的にお話しする時間がありました。会場が大きくて驚いたとか、市長が来るとは思わなかったとか、(同じ大学出身の)アイツは今どうしているとか、そんな話をききましたが、講演の内容についてはまったくお話ししませんでしたし、また僕の方からも特に聞きませんでした。なんとなくそうなったのですが、いま考えてみると不思議です。

講演会の来場者数は約300人でした。お忙しいのに駆けつけてくださった方もいらっしゃいました。感謝です。


調査員

(2019年06月04日)

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笹山縄文カレッジ ベンガラ染めTシャツ作り
先日の日曜日に「ベンガラ染めTシャツ作り」を開催しました。

運営はもちろん、いおサポさん。

嬉しいことに、いただいたお申込みが申込受付開始直後に定員に達したので、工夫して受け入れ可能な体制を作ってもらい、結局20人くらいの方にお越しいただくことになりました。子どもさんもたくさん来てくれて、こんなに賑やかになったカレッジは久しぶりです。

さて、縄文人も愛した「ベンガラ」は、天然の赤色顔料です。科学的には酸化第二鉄、つまりは鉄サビでして、鉄分を多く含む岩石や土から採取されます。

驚くのは、この地域ではこのベンガラのカタマリが遺跡から出てくることが珍しくないということ。珍しくないので、あんまり気に留めないのですが、他の地域に行くと大学の先生や各地の学芸員でも「聞いたことが無い」と言うほど稀少品で、あの国宝「新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器」の付属品メンバー(「つけたり」といいます)に入っていたりします。その名もベンガラ塊(かい)といいます。

国宝・ベンガラ塊。

知られざる国宝です。

この国宝ベンガラ塊は国宝に指定されたものの、実は成因がよく分かっていませんでした。単なる「石」なのか、「サビを集めて固めたもの」なのか、それともそのどちらでもないのか。非常に気になるところ。だから最近の発掘のあと、さっそく分析を行ってみました。結果、出てきた答えは〜


デケデケデケデケ・・・・


チン!


原石でした。


もしもともと遺跡の土に含まれているものならもっと沢山あってもいいと思いますが、見つかるのは数十点程度です。どこか近くにある原産地から持ち込んだものだと思います。

縄文人はベンガラが好きでした。「赤が好き」というのが正確かもしれませんが、土偶はもちろん、土器や漆器、耳飾や腕輪にまで塗っていたことがわかっていて、この調子じゃきっと衣料や化粧にも使っていたんじゃないかと想像できます。

ベンガラでぬられた土偶や土器などは見たことがあります。でもベンガラで衣料を染めてみるとどんな色調になるだろう?これも気になるところです。今回はとっつきやすいTシャツを染めることになりました。

先生に染色の基本を教わりながらみなさん染の作業を楽しくされていました。見ているこちらも楽しかったです。

染めて乾かしてみると・・・・興味深いことに、赤茶色のサビ色ではなく、紫がかった薄いピンク、という感じになりました。やっぱやってみないとわからないですね。実験考古学です。

出来上がったTシャツは、いい味わいのものばかり。みんな違う、個性の光る逸品。みなさん笑顔でお帰りになりました。

調査員

(2019年05月24日)

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探し物はなんですか
探していたものがやっと見つかりました。

決して見つけにくいものではなかったのに、カバンの中にも机の下にもナカナカ見つからなかったもの。

 野帳

フィールド・ワークをする分野には必ずあると思います。考古学的な発掘でも同様です。よく売っている、緑の表紙のアレ。

これがみつからなかったんです。無くすものでもないのでどこかにあるはず、と思って探してみても見つからない・・・おかしい。

昨年の発掘の詳細をいろいろ書き留めており、今後の中で絶対に必要な情報が満載です。科学の世界なら実験ノートみたいなもので、これがなかったら発掘の信頼性に関わります。スタンプ形石器ならあります!

で、しばらくぶりに発見しました。どこにあったかというと、「標準土色帖」に挟まってたのです。

 ここか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!

土色帖というのは、記録する土壌の色のサンプルがプリントされた本のことです。「帖」なんて漢字、忍法帖くらいでしか使わないかもしれませんが、発掘現場では大変な優れものです。いつも野帳とセットで使っているので、挟まっていたのはそのせいなのでしょう。

いや、見つかってよかった。本当に。「ここ探したけどなー」なんて思いつつも同じ辺りを何度も探した甲斐がありました。

これでももう今日の仕事は終わりにしたい、そう思えるくらいの達成感です。あまりの達成感に一人で小躍りして夢の中に行っていたためか、写真を撮り忘れました。

調査員

(2019年03月28日)

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大羽昭仁氏講演会終わりました
大羽さんの講演会を3月15日に開催しました。

定員を超えて約60名と盛況でした。広報はやや控えめでしたが、この数。皆さんの関心の高さが伺えます。

大羽さんによると、これから観光は体験型に比重が移るとのこと。

観光資源そのものの多様さに加えて、体験の仕方に多様さが求められることになるでしょうから、これからどんどんいろんなものが出てくるだろうと思います。

面白くなりそうです。

縄文はどうなるのか、笹山はどうするのか。これからに期待です。

大羽さんありがとうございました。


調査員

(2019年03月18日)

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第11回つまり市民里山学会
いおサポ(伊乎乃の里・縄文サポートクラブ)代表の阿部美記子さんが「つまり市民里山学会」で発表される予定だったので、聴きに行ってきました。

いおサポさんの取組みと文化財課からの委託事業の紹介がありました。いおサポさんは、縄文文化を利用して人と人との交流を促進し、地域の振興を図ることを目的としているとのことです。「これからどういう方向性で続けていくのか」というキョロロの学芸員さんの質問に「わからない。会員が充実するようにしたい。」とお答えされていました。ボランティア団体を運営していくというのはきっと簡単ではないのでしょう。

小荒戸集落の里山を紹介する冊子を作られた早川知子さんの発表では、素敵な感じの漂う冊子のナカミが紹介されました。「里山環境は存続の危機に陥っている」とのことで、「里山の記憶を掘り起こし、「里山文化」の継承を促す試みをする」ために冊子を作ったそうです。

「温故知新」とよく言います。

縄文文化も里山文化も自然生態系との密接な関係のもとに構築されていましたが、いまや過去のもの、あるいは過去になりつつあるものです。過去と現在とを取り結ぶ様々な取り組みの傍で、その当時の状況を詳細に振り返り、移り変わってきた理由を考えることが、今後向かうべき方向を決めていく上で大切なのではないか、と思いました。

調査員

(2019年03月03日)

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