十日町市博物館

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常設展示|十日町市博物館

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新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器(国宝)

縄文ムラのくらし

縄文人の生と死と

大井田城と伊達八幡館

越後縮の紡織用具及び関連資料(重要有形民俗文化財)

十日町の積雪期用具(重要有形民俗文化財)

越後アンギン

絹織物

郷土植物園と遺跡ひろば

大井田城と伊達八幡館
中世の妻有(つまり)地方

 中世は政権が武士に移り、それぞれが領地をめぐる争いに明け暮れていた時代です。妻有地方は、13世紀頃から新田氏の一族が土着し、勢力を伸ばして行きました。そして南北朝時代には、南朝勢力の拠点として日本史に登場します。郡市内に残る城館跡は、当時のものといわれています。
 16世紀には、上杉氏の支配の下、関東への道筋として重要な役割を果たします。この間人々は、田畑を耕し、青苧や越後布の生産に力を入れ、宗教に救いを求めていました。

大井田城の復元模型
大井田城の復元模型
 大井田城は、南北朝時代(約650年前)に越後南朝勢力の中心であった大井田氏の本拠といわれています。大井田氏などの新田氏一族は、南北朝の争乱期に南朝方に組し、各地を転戦しました。大井田城は、戦時にたてこもって戦う山城(要塞城)で、鎌倉時代の末頃に築城され戦国時代まで使用されたものとみられます。周辺には多くの城館があり、南東の山麓には笹山の武家屋敷があります。
伊達八幡館跡 全景(航空写真)
伊達八幡館跡 全景(航空写真)
 伊達八幡館跡は、昭和62年のほ場整備の際に発見され、緊急に発掘が行われました。
空堀を巡らす豪族(武士)の大規模な館で、多くの建物跡や井戸、土橋などが検出されています。建物跡は長期間にわたって使用されているため、かなり重なりあっています。中国製の青磁・白磁・染付、国産の陶器・茶臼・漆塗椀などのほか、仏具の錫杖・花瓶なども発見されています。
伊達八幡館復元模型
伊達八幡館復元模型
 伊達八幡館は、室町時代の前期頃(約600年前)から戦国時代のもので、主郭(しゅかく)と副郭のほかにこれらを取り巻く外郭的な区域より構成されています。館というのは、豪族が日常生活を営む屋敷で、敵の攻撃に対する守りを備えたものです。これに対し、近くの険しい山頂に山城を築き、戦闘の拠点としました。この館の山城は南東の台地端にある伊達城です。館主は定かではありませんが、相当有力な豪族であったと思われます。
伊達八幡館跡出土の仏具
伊達八幡館跡出土の仏具
 (左から燭台・花瓶・錫杖の頭・花瓶・燭台)  仏具には、錫杖(僧・修験者が持ち歩く杖)の頭、中国の青銅製品をまねた花瓶(花をいけるいれもの)、燭台(ロウソクを立てるのに使う台)などがあります。仏具は仏事に使ったり、仏壇を飾ったりするものですが、中世においては、室内の飾りとして使用することがありました。 (平成20年3 月 新潟県指定有形文化財(考古資料)に指定) 

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